だから法律的な解決策は、実は以下のふたつしかないのです。
① 監察医制度を廃止し、新しい「法医解剖」に統一する。
② 監察医制度の地域限定条項を撤廃する。
このどちらかしか、ありえません。そうしない限り結局、この新制度提案は、一部法医学者の教室運営がラクになるだけになり、愚の骨頂になってしまうでしょう。
実はこの提言を実施しようとすると、中枢部にいるごく一部の法医学者だけが潤い、それ以外の大多数の法医学者は苦境に陥ってしまう。
提言には異状死解剖率を現在の10%から20%に引き上げることが当面の目標とされていますが、つまり地方の法医学者たちに今の2倍解剖しろ、と言っているのに等しいのです。
報告書にある2010年の警察関連解剖の実態は、以下の通りです。
死体取り扱い総数 17万1025体
司法解剖 8014体
行政解剖 1万9083体
東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県での解剖総数 1万2382体
行政解剖の94.5%は上記四都府県に集中している。
ここでちょっと枝葉の指摘を。
この文章は、実はおかしい。なぜなら行政解剖とは、五都府県に設置された監察医が実施する解剖に限定されているからです。この記述には承諾解剖の項目がありません。これは法医学の有識者が出した報告書としては社会制度に対する常識が欠けているため、きわめてお粗末な提言と言えましょう。
まあ、でもそれは枝葉です。
東京都監察医務院には非常勤を含め五十人もの法医学者が在籍しています。
そこでの解剖率は23%に達している。
つまり百名弱の法医学者がよってたかって、四都府県での1万2千体の解剖をしていることになります。そしてここではすでに掲げられた目標を達成している。
だとしたら新制度創出など必要なく、監察医制度を全国展開すればいいだけのこと。
なぜ、そうしないのか。
理由は簡単、それができないからです。
東京や大阪で可能な理由は、医学系大学が複数ある上、監察医制度も設置され、全国から法医学者をかき集めているからです。だから各都道府県に監察医務院を設置しようにも人材がいない。たとえば東京都監察医務院の非常勤医には、九州大学の法医学教室の先生もいる。
各都道府県に監察医制度が設置されるとおそらく、九州の先生は東京都監察医務院にお手伝いに行けなくなるでしょう。
ということは監察医制度に似た、「法医学研究所」とかいう新組織設置の際も同様の事態が起こる。つまり「法医解剖」という新制度導入は画餅なのです。