海堂尊 - 第四回『このミステリーがすごい!』大賞(『このミス』大賞)大賞受賞作『チーム・バチスタの栄光』の著者

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2014.10.20 2014:10:20:15:56:49

さて、感動の最終回は後書き風に。

 ひとつ残念なのは、こうした発信をAiセンターの嚆矢である母校・千葉大学がしてこなかったことです。「今はもう千葉大ではAiセンターのことを考えている人なんていませんよ」と、千葉大の上層部の知人から聞かされてがっかりしていた矢先でしたが、Aiの精神は日本に根付いたようです。

 千葉大が先進的に誇れる医学領域の業績は結構あります。IVH(中心静脈栄養)という、患者の体力を回復するのにとても有効な技術を確立したのは千葉大学第一外科の真島吉也先生ですし、胆汁鬱滞の時に使われるPTCDという基礎的な治療技術を確立したのは第一内科の大藤正男名誉教授です。そして世界初のAiセンターが出来たのも千葉大学医学部です。でも、千葉大はそうした過去の偉大な業績をアピールしません。千葉大の上層部は社会的貢献や業績を虚心坦懐な視線で見ることが苦手なようです。何か濁りや淀みがあるように思えてしまいます。

 ですので、母校を誇りたい、という狭い了見はきっぱり捨て、Aiセンターを見捨てるような母校はこちらから願い下げ、オールジャパンの精神で生きていこうと思います。さらば千葉大、わが母校という心持ち。などと思っていたところに後輩には希望がもてるということを感じるイベントがありました。10月7日、西千葉キャンパスの図書館こけら落としのトークショーに集まった千葉大生と対話し、未来の可能性を感じました。だから母校に対し一縷の希望は残しておこうと思います。人間、きっぱり生きていくのはなかなか難しいようです。

 

 死因究明関連2法案の末路について、この法案に深く関わっていた自民党国会議員で、現在厚生労働省政務官の橋本岳議員からお知らせいただいたので、大変わかりやすいので読者のみなさんにもお知らせします。

 12年6月に成立した死因究明関連2法案は、Aiの情報開示を抑えつつ捜査現場にAiを導入するため、という色彩が濃かったのですが、肝心要の国の死因究明制度を確立するための死因究明法案は2年間の時限立法で結局、実質的な変革は至りませんでした。一方で、警察身元調査法の方はしっかり運用が始まっており、幹がないのに枝葉だけ青々と茂っているという不自然な構図ですが、これもAiの費用は医療現場にただ乗りし、情報開示は避けるという警察庁の基本方針があったとすれば、納得の結末です。ただし小児死亡Ai実施のモデル事業が、厚生労働省の主導で立ち上がったのは唯一の成果といえるかもしれません。

 橋本岳議員によれば、2年間の時限立法が14年9月20日に失効し、成果として「死因究明等推進基本計画」が6月13日に閣議決定されたそうです。その中身が網羅的羅列的であり、実効性には乏しいものの、Aiの導入がしっかりと組み込まれている点は評価できるでしょう。後継法案の「死因究明推進基本法案」は6月16日に衆議院に提出され、翌17日に衆院内閣委員会で趣旨説明がされましたが、時間切れで継続審議となったそうです。付託された衆議院内閣委員会には法案が集中しているため、審議の目途すら立っていないそうで、いわゆる吊しというヤツですね。全党合意があれば審議がパスできるそうですが、民主党が駄々をこねているらしいことは以前も触れました。この流れを全面支持している日本医師会の役員も、あきれ果てているようです。

 内閣府の死因究明制度検討会議は、法案が失効し後継法案も未成立のため、事務局の存在根拠がなくなってしまうという事態になったそうです。そのため「当面の死因究明等試作の推進について」という閣議決定に基づいて、死因究明推進会議事務局は事務を継続しているそうである。政争の具にすべき案件ではないので残念なことです。

 結局、死因究明関連2法案の実績としては、「法医解剖」なる制度は導入したものの、解剖実施数は増加しなかったため、解剖に関しては煩雑な仕組みをよりいっそう煩雑にしただけになった悪法です。しかも遺族と社会に対する情報開示に関し何も記載せず、これを問題視した一部議員と日本医師会の尽力によってかろうじて情報開示を担保する付帯決議がつけられるにとどまりました。この法案成立を推進した法医学者たちの、社会的視野の欠落が招いた悲劇を、視野の広い日本医師会がかろうじて補ったという構図なのです。

 

 余談ですが、私の岳父は東大の名誉教授で、日本の気象界にスーパーコンピューターを導入し、現在の天気予報の礎を作った人です。その岳父にAiの問題を愚痴ると、「ゴマメのあぶくは気にしないことです」と諭してくれました。気象の世界は当時、全国各地に土着の気象予報官がいて、スーパーコンピューターの導入は彼らの職場を奪うことになる、という反対運動があり、相当軋轢があったそうです。でもスーパーコンピューターの導入は社会のためになると確信し、岳父は導入に全力を尽くしたそうです。「Aiも社会のためになるものだから迷わず何でもおやりなさい」と勇気づけてくれました。その岳父も、とうに身罷りましたが、その言葉は今も私の中で生き続けています。

 日本の天気予報の精度が高度になり、予報によって多くの災害が未然に防がれていることを否定する人はいないでしょう。

 ここで私が作家デビュー前に刊行した、Aiの専門書の最後に載せた一文を、もう一度掲載します。岡崎京子『ヘルタースケルター』からの引用です。

「法なんて人間がこしらえたルールにすぎない。善も悪も激しさを増す時、かるがるとそれを飛び越える。それはいつも十字路の上で起こる。ぼくたちは今、そんな十字路にいる」

 その時の心持ちを、今でも鮮やかに思い出せるのは、今も状況は変わらないからでしょう。それでも、「ぼくたちはそんな十字路を少しずつ進んでいる」のかもしれません。


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