海堂尊 - 第四回『このミステリーがすごい!』大賞(『このミス』大賞)大賞受賞作『チーム・バチスタの栄光』の著者

『海堂ニュース』最新ネタ満載!

2014.10.20 2014:10:20:15:56:49

さて、感動の最終回は後書き風に。

 私は厚労省や関連学会上層部にずいぶんひどい目に遭わされましたが、救いの手をさしのべてくれたところもありました。その代表が日本医師会です。Aiの意義を早くから適切に理解してくれただけではなく、必要な方策をいろいろアドバイスしてくれ、実施もしてくれました。ですので日本医師会には深く感謝していますが同時に、市民も日本医師会に感謝すべきだと思います。もし日本医師会が支持してくれなかったら厚労省のAi検討会の提言はまったく違ったものになっていたでしょう。法医主導で制定された死因究明関連2法案で担保されなかった遺族への情報開示について付帯決議がついたのも、日本医師会が議員に要望書を出してくれたおかげです。16万5千人の会員を誇る日本の医師の最大の集団・日本医師会が、今やAiの後ろ盾となってくれているのです。

 私の、厚労省で勉強会をするという願望は結局、Ai検討会での講演と形を変えて叶いましたが、それは当時の民主党の足立信也政務官の配慮のおかげであるとともに、医師会バックアップのおかげでもあったと思っています。

 

 Aiは死因究明のための医学検査で、医療現場では画像診断の専門家である放射線科医が対応します。一方、捜査現場では法医学者が対応していますが、彼らには画像診断の素養が乏しく、常に誤診の危険を孕んでいます。鑑定結果は第三者が監査できず、質の低い司法解剖が放置されている状況です。これらはすべて「死因は捜査情報である」という、日本独自の誤った設定に起因しています。

 フィンランドの法医学者は「死因を社会に開示しなければ、司法解剖の存在意義はない」と断言しています。日本の司法解剖制度そのものが、市民にとって意義の薄いものになっているのです。それはすべて、死因に関する情報開示に消極的姿勢であるたえに起こってしまうことです。

 死因は捜査情報から外し、遺族と社会に必ず開示する、と法改正しないと、遵法精神が社会を壊すことになりかねません。いや、もうなってしまっているという事案を、この海堂ニュースでは繰り返し取り上げ続けてきたともいえるのです。

 

 法医学者は人材不足の業界です。

 先日、母校・千葉大の法医学の教授が東大の教授になったというニュースを聞きました。驚いたことに東大と千葉大の法医学教授を兼任しているのだとか。すわ、個人的なむさぼりか、と思い母校の関係者に尋ねたところ、どうも多額の研究費がついた教授を東大が一本釣りし、独立行政法人化した母校が研究費を持った教授を引き留めたために兼任となった、という事情らしい。

 そんなことになってしまったのも、法医学者に人材がいないから、というのが関係者の説明でした。でもその教授は、司法解剖業務が手一杯で法医学教室が潰れる、とメディアに訴えてきた方です。なのにその業務に加えて東大教授という大役まで兼任できるのですから実に大したもので、メディアに訴えた窮状は誇張されたものだったのかな、と疑ってしまいます。

 法医学者のポストがないのが問題だ、という主張もしていたのに、教授職というアカデミズムの最高位のポストを兼任でふたつも独占し消費してしまうというのは、別の観点から見れば若手の芽を摘む行為で、これまでの教授の主張と矛盾しています。

 千葉は故郷で千葉大は母校なので、母校と故郷の将来が心配になってしまうエピソードでした。

 

 そういえば「法医画像勉強会」なる学術企画が、Ai学会から持ちかけられた共催を頑なに拒否している理由は「学会のコンセプトが違い、Ai学会は死後の画像を扱い、法医画像勉強会では法医学の画像を扱っている。死後の画像のみならず虐待児の生体の画像等を含め、多くのものを取り扱う」からなのだそうです。

 法医の画像では生体の虐待児の画像も取り扱っている?

 それこそ井の中の蛙、身の程知らずの発言です。であればなおさら、Ai学会と交流すべきです。虐待児の画像が最初に撮影されるのは医療現場であり、そのうちのごく一部だけが法医領域に回っているだけです。ですので放射線科医は、法医学者とは比較にならないほど多数の虐待児の画像を診ているのです。そしてAi学会が放射線科医主体で、生体の虐待児画像の知見も法医学者の数百倍は持ち合わせている専門家集団です。そうした人たちの好意的な申し出を拒否し、交流の機会を拒絶し、分派活動に勤しむようでは「法医画像勉強会」なる会の未来は、法医学者の未来像と重なります。

 法医問題は「人材難と、それに起因する地域格差」にある。人材難になる原因の一端が、こうした独りよがりの閉じられたメンタリティにある、と指摘はしておきます。こうした発言には他業種との議論の拒否が根底にある。それはフロンティアを目指す、有志の若手をもっとも遠ざける姿勢になる。

 だから法医学領域には有望な若手がいなくなってしまい、千葉大と東大の法医学教室の教授の座が、人材不足ゆえに兼任する、などというていたらくになってしまうのです。

 

 法医の地域格差は大変な問題です。人材不足よりも、もっと問題なのは人員の偏在です。法医学者の聖地、東京都監察医務院には非常勤を含め50名を超える法医学者が棲息しています。一方、たった1人で1県の司法解剖を担当する法医学者もいる。総勢150名しかいないのに、ただでさえ少ない法医学者を、東京が3分の1も独占しているのだから地方格差が生じて当然です。

 法医学者は都道府県単位で法医学研究所を作れ、というハコモノ作りを主張していますが、人員の偏在がある限り、非現実的です。そもそも高齢化社会で、ただでさえ医療分野のヒューマンリソースが不足している状況で、法医学者だけ増えるわけがない。そうなるとハコモノは無駄になってしまう。

 そこで提案です。

 法医学者は捜査担当者なので検事と同様に公務員化すればいい。法医学研究所は道州制のブロックに1カ所作り、そこに法医学者を結集させるのです。人材不足は集中化でまかなうというのが人口減少社会での鉄則ですから。関東は東京都監察医務院、関西は大阪市監察医務院の看板を変えます。北海道、東北、甲信越、東海、中国、四国、九州に創設し、各大学の法医学者を一斉招集します。そして検事同様、任地を配置転換していけばいいのです。

 すると司法解剖を他県に搬送するということになりますから、警察の単位も道州制に合わせて変える必要がある。所轄がどうのこうのという、古い体質では捜査現場も保ちません。その問題解消にもっとも最小労力で対応できるのが、死因を捜査情報から外すという、パラダイムシフトです。

 そんなトータルデザインを考えず、目先にとらわれて予算をつけてしまうから、千葉大と東大で法医学教授を兼任するような、異様な事態が生じてしまうのです。

 

 法医学者が定期的に異動するシステムにはメリットが多い。法医学者が「土着」すると、たとえば地域警察の不祥事の隠蔽に荷担すれば、持ちつ持たれつの癒着構造から隠れた権力になり得ますが、そうした癒着を断絶できます。いい加減な仕事をしていれば後任者に告発されますので、仕事に緊張感が出てきます。逆に言えば現在の体制では、法医学者がいい加減な仕事をして、警察となれ合って不祥事を隠蔽しても、誰にもわからないし非難もされない状況になるのです。

 それが市民社会にとっては、害悪以外の何物でもない、ということは誰でもおわかりでしょう。

 

 と、ここまで書いたらまるでタイミングを見計らったかのように、献本を受けました。

『Aiはどこまで事実に迫るか』というタイトルで、著者は東北大法医学教室の舟山眞人教授と画像解析分野の斉藤春男教授です。お二人が東北大Aiセンターを創設して5年、1000例の症例を経験したそうです。添えられた手紙に「勉強不足による解釈の誤りや見逃しも少なくないと存じます。是非忌憚ないご意見をお寄せいただければ幸甚と存じます」とありましたので、忌憚なく(笑)。

 大変な労作です。画像と解剖図の対比がきちんと行なわれ、放射線科医の読影所見と法医学者の解剖鑑定所見が併記され、学術的に読み応えのあるものになっています。

 あとがきにある、舟山教授の言葉が印象的でした。「わが国には法医学教室が撮影装置をもち、放射線読影の経験のない法医医師が撮影・読影している施設もあると聞く。もちろん何もしないよりは価値のあることではある。しかし病理学的異常などの質的異常の有無まで踏み込むことは避けるべきであろう。放射線学的な知識・経験の少ない、あるいはほとんどない法医医師が付け焼き刃でできるものではないからである。もし仮に大学がわが法医学教室にCT装置の設置を持ちかけ、しかし撮影から読影まで法医医師が行うという条件であったなら、私は拒絶したであろう」

 この書籍を読んだ私の感想はたった一言です。「もしAiに関わってきた法医学者がこのように謙虚な姿勢で対応してくれたら、私は法医学者を攻撃しなかったであろう」

 過去の法医学者の対応のせいで日本のAi導入は5年は遅れ、形もいびつなものになってしまいましたが、それでも東北大Aiセンターのような考え方をしてくれる法医学者が増えていけば、いずれは「良貨悪貨を駆逐する」という素晴らしいことになるでしょう。

 私は「情報隠蔽し、自分たちの領域に金をつけることにばかり執心している法医学者」を攻撃し、否定しますが、「Ai診断の難しさを理解し、画像診断医をリスペクトし、道理のわかる判断をし、情報を開示する法医学者」は高く評価し、支持します。そのことを発信する機会を最後に持て、法医学

者に対する非難一辺倒でこのブログを終えずに済んで、嬉しいです。

 

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