海堂尊 - 第四回『このミステリーがすごい!』大賞(『このミス』大賞)大賞受賞作『チーム・バチスタの栄光』の著者

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2009.06.11 2009:06:11:17:40:28

「司法過誤」と「医療過誤」

 法医学会は閉鎖的な体質を有しています。たいていの学会は学術総会プログラムはHP上に公開しますが、法医学会はプログラムさえ学会員限定、一般人に公開しません。閉鎖性は表層部分ばかりでなく、法医学全体に及ぶ体質らしい。鑑定結果を相互検討するシステムも存在しないそうです。ということは独善的な鑑定医が頑固に自説を主張したら、誰も是正できないのです。
現在のように司法鑑定を単独鑑定人に依存し、費用を鑑定人に直接支払うという制度下では、足利事件のような誤った鑑定も指摘されず、闇に葬り去られる。かつて法医学者はパロマ湯沸器事件で、解剖なしでは問題がわからなかったから解剖が重要だ、とメディア展開しました。しかし先般出版された書籍に驚くべき事実が書かれています(『君は誰に殺されたのですか』江花優子著・新潮社より)。
当時解剖を行なった東京都監察医務院ではCO中毒と診断したのですが、結果を問い合わせた遺族には結果を直接伝えず、遺族が孤軍奮闘しようやく事実にたどりついたというのです。監察医務院では遺体を引き渡す時点で真の死因はわかっていたのですが、「当初に伝えた死因が異なっても遺族に通知する義務はない」とコメントしたそうです。つまり、パロマ事件を拡大させたのは、法医学関連解剖分野における診断遅延や情報閉鎖性に起因した人災だという見方もできるのです。 
東京都監察医務院で行政解剖が行なわれていても問題は起こりました。閉鎖系で行なわれた解剖のため、情報を活用できなかったからです。これで司法解剖、行政解剖が本当に市民のために行われている制度と言えるのでしょうか。

今、一部法医学者はAiを鑑定の一部に取り込もうと画策している。「必要に応じ法医学者が画像診断適用なども検討、実施するのは法医鑑定として当然の姿勢」なのだそうです。一見合理的ですが、実は大問題を孕んでいます。以前指摘したとおり、法医学者の画像診断能は低い(これは法医学者に対する誹謗ではありません。彼らの主要業務は司法解剖なのですから)。ならば画像診断の専門家である放射線科医に診断を委任すればいいのに、そうしたシステム作りには積極的に協力しようとしません。それはひとつにはAiという新企画に計上される予算を自分の領域に引き込みたいという縄張り意識があるからです。
だがもうひとつ理由がある。Ai が医療現場主導で導入されると、司法解剖に対する外部監査システムとして機能するからです。2008年法医学会総会では、司法鑑定の六割が二年以上、遺族に開示されないという調査結果が発表され、新聞報道もされました。その遅れが、真実を知りたいと思う遺族に医療訴訟を決意させたのだそうです。司法解剖の鑑定開示の遅れと情報閉鎖性が社会に紛争の火種を作りだしている遠因のひとつなのです。
Aiが放射線科医主導でシステム化され、Aiセンターの名の下に結果が公表されたらどうなるか。数時間後に画像を呈示しながら中立的に医療側から遺族に情報呈示できる。これこそ遺族が望む「まず真実を知りたい」という要望に対する誠実な対応です。そうすれば確実に医療紛争は減少します。Aiにおける情報公開の迅速性、中立性、透明性は、残念ながら解剖では達成できません。
しかし透明性の高いAiは、司法界にとって招かれざる客のようです。
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