海堂尊 - 第四回『このミステリーがすごい!』大賞(『このミス』大賞)大賞受賞作『チーム・バチスタの栄光』の著者

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2008.01.31 2008:01:31:16:46:44

映画『チームバチスタの栄光』について

 今、医療現場は傷ついている。傷つけられている。好意で行った良い結果はあまり(というかほとんど)取り上げられず、ミスをすれば徹底的に叩かれる。先日、道路財源を守るために国会議員が総決起集会を開いていました。道路を作るお金を守るためには、あれだけの熱意が現れる。司法試験合格者が予定より増えてしまいそうだから、減らしていこうなんて動きもある。何だ、必要なところには救いの手が差し伸べられる社会なんだ、と思います。それなのにどうして、医療現場が悲鳴を上げていても社会は、メディアは、こんなにも冷淡なのでしょう。
 恩着せがましくするつもりは毛頭ないのですが、市民の皆さんはあまりにも恩知らずではないでしょうか。病気の時にはすがりつくけれど、その時に助けてくれた医療が困っている時に恩返しする、という発想がどこからも聞こえてこないのはなぜでしょう。たとえば文壇の反応は市民社会の象徴です。彼らも病気をすると医療にすがるのに、社会復帰したとたん、医療の勉強をしようともしないし、医療小説をトピックにしようともしない。医療小説ならすべて文壇で評価せよ、というのではありません。要はバランス、社会全体への目配りが悪いのではないか、ということなのです。今の社会は、自分が困った時には医療に助けを求めるけれども、医療自体がどうなろうともどうでもいいと考えているのではないか。そうしたことは同時に、偏向したメディア報道などで助長されている気がします。
 医師は助ける役だから、人を助けていればいい。そう考えるから、困っている医師を助けようという発想が出てこないのです。医師は金持ちだから助けなくていい、と考えるのは、メディアに誘導された虚像に冒され過ぎている。医師には金持ちの医師もいるし、貧乏な医師もいる。官僚だって低賃金だとよく言われますが、天下り後の高賃金とセットにすれば、大した違いはないでしょう。いや、リスク関連まで考えると、医師よりもはるかに高給取りです。つまり、医師だって市民社会の構成員のひとりにすぎないのです。
 こんな当たり前のことを声高に言わなければならないとは、いやはや、何とも貧しい話です。こんなメディアの流れの中に、文壇世界も当然含まれています。その流れを変えるために、私は、文壇のさまざまな媒体(小説誌など)に、医療小説特集を組んではどうか、と提案しています。そうした提案は、文壇の人たちの協力がなければ成立しません。これは文壇の、医療に対する意識レベルと認識レベルを測るソナー。結果が楽しみです。

 医療従事者は、訴えたいことを我慢している。いい医師ほど、人々を助けるために忙しすぎて、自分のことを社会に向かって語ることができない。だから、ハンチクな医者である私がこうして代弁している。
 私の語る本音は、かなりの部分、医療従事者の本音です。私は作家ではなく、医者です。古代中国では、医者は患者を直すだけではなく、社会を直す役割がある、とされていました。名医を国手、と呼ぶのはそのためです。今の社会は、まさしく医師の治療が必要になった社会。だが今、治癒させる役割を担った医療自身が瀕死の状態で傷ついている。なのに非情な法律を遵守する官僚は、医療に対して手当をせず、ひたすら市民に対する義務を遂行せよ、と連呼し続けます。
 市民のみなさん、医療のリハビリに御協力下さい。まず第一歩としてこの映画を見て、少しでも医療のことを考えるきっかけにして欲しいのです。
 エンターテインメントが成立するのは、楽しむ人たちが健康だからです。緊急時には、エンターテインメントなんて吹っ飛んでしまいます。私はエンターテインメントを楽しめる社会に住み、楽しい人生を送りたい。だからこそ今、エンターテインメントの世界でも少しだけ、医療について考えてもらいたいのです。
 この映画は誠実に、作品の一番の魂を実写化してくれている。ですからこの映画は間違いなく、『チームバチスタ』の血脈です。そしてこの映画は市民のみなさんに、問いを突きつけているのです。「栄光のチームバチスタを壊したのは誰か」
 それは、必要な時には頼るくせに、必要がなくなると無関心に事態を座視している市民の皆さんです。予告編では竹内さんと阿部さんがスクリーンの観客に向かって、この謎を解くのはあなた、と指さしました。あれは実は、犯人はあなた、とみなさんを指さしていたのです。この映画は、初めの予告編から正々堂々とネタばれをしていた、というわけです。
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