海堂尊 - 第四回『このミステリーがすごい!』大賞(『このミス』大賞)大賞受賞作『チーム・バチスタの栄光』の著者

『海堂ニュース』最新ネタ満載!

2008.01.18 2008:01:18:16:27:20

バチスタ映画の背景として、知っておいてほしいこと。

 さて、そうした前提条件として理解していただきたいことは簡単なことです。以下、箇条書きで書いていきます。これはバチスタ映画を見るときのガイドになりますが、それ以上に、今の医療の現状を読み解くキーワードになりますので、理解しておいて損にはなりません。以下は医療系のブログである日経メディカルブログでも同時展開しています。もっと詳しく知りたい方は、拙著『死因不明社会』(講談社ブルーバックス)をお読み下さい。

1)厚生労働省(及び財務省)は医療費抑制を基本方針にしている。それはつまり、医療費抑制は国家の方針である、ということである。
2)厚生労働省は、医療施設の経済的自立、および経営の健全化を推進している。
3)平たくいうと、医療施設は儲けにならない部分は削り、経営努力に励んで儲けなさい、と言っている。
4)厚生労働省(及び財務省)は、病理解剖(及びエーアイ)の費用拠出をしない。
5)従って国家は施策として、医療現場が病理解剖(及びエーアイ)をしなくなるように誘導している、とも言える。
 こうした影響が一番わかりやすい例が、救急施設の急激な減少です。この論理展開の「病理解剖」という部分に「救急医療」をあてはめてもだいたい同様に成立するからです。(4の費用拠出をしない、が費用拠出を極度に抑制している、というくらいの差はありますが)
 救急患者のたらい回し(無神経な表現ですね)を報じるメディアは、医療現場を責めます。ですが救急医療は儲からない。正確に言えば、救急医療に手を染めれば、経済的に医療施設に危機的状況をもたらしてしまうように制度設計されている。だから医療現場も泣く泣く撤退しているわけです。逆を考えてみて下さい。救急医療が儲かるように設定されていたら、患者を奪い合うさえ起こると思います。儲かれば人員を増員できます。そうすれば「たらい回し」はなくなる。医療現場は「カネ」を欲しがっているのではないのです。「ヒト」が欲しいのです。
 でも厚生労働省のやっていることは相変わらずとんちんかんです。救急医療対策に七億円の拠出を緊急決定という記事を読んで、大笑いしました。彼らはそのうち六億三千万を、コーディネートシステムの拡充に拠出することにしています。救急医療の現場での「たらいまわし」の原因は医師不足のためなのに、調整官ばかりを増強している。戦場にたとえれば、現場の兵士が食料不足で劣勢なのに、司令官の豪華食ばかり増やしているようなものです。これでは勝てる戦だって勝てません。
 そんな現状が少しでも一般の人たちに届いて欲しい、という願いをこめて、かつて『ジェネラル・ルージュの凱旋』を書いたのですが、残念ながら救急医療現場の悲惨さを伝えた部分に言及してくれた書評はほとんどありませんでした。これが現在の文壇の社会認識です。彼らにとっては、目の前の医療崩壊の惨状よりは、某文学賞の事前予想が的中するかどうか、の方が大事件らしいのです。これでは引きこもり文学ばかりが隆盛するのもむべなるかな、でしょう。
 ただし、ブログ書評を拝見すると、一般市民の人たちにはこうした問題点がきちんと届いているようだということがわかります。日本社会は捨てたものではありません。
 日本でダメなのは、権威的な人たちだけなのかもしれません。
続きを読む 12345