海堂尊 - 第四回『このミステリーがすごい!』大賞(『このミス』大賞)大賞受賞作『チーム・バチスタの栄光』の著者

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2009.11.04 2009:11:04:15:19:27

押尾学事件は第二の時津風部屋事件だ。

 では、解剖でも死因が不明だった本件ではAiセンターが存在しても意味がなかったのでしょうか。断じて違います。「Aiセンターは医療現場の最終点に置き、医療従事者が行い、その費用は医療費外から医療現場に支払われる」というプリンシプルが成立すれば、たとえ死因が不明でも大きく変わる点があるのです。
 死因を遺族にお伝えすることができるのです。
 そうすれば本件の遺族の願い「家族の死因を知りたい」という希望が叶えられます。その願いは、市民として叶えられて当然のことです。そんな基本的なことが許されないのであれば、制度設計自体が間違えている。ところが法律家は「刑法を変えることは困難」と現状維持の怠惰な姿勢です。明治時代の社会制度を土台に作り上げられた仕組みなんですよ、これ。いまだに旧カナ遣いの厳めしい文章を読んでいるのは、日本広しといえども古文書研究者と法律家くらいでしょう。
 ここで新しい手法であるAiを新しいポジションに置けば、時代遅れの解剖システムに手を着けずに市民社会の願いに応えることができる。でも旧カナ遣いの世界にCTという文明の利器は入り込む余地がなく、きっと彼らの目にはAiという概念がペリーの黒船来襲のように見えているのでしょう。
 法医学会や捜査部門は、長年続いた鎖国を止め、一刻も早く開国し、Aiという黒船を受け容れるべき時が来ているのです。何しろ、もうすでに政権交代という大政奉還は行われてしまったのですから。

 今の状況は、死因という医学情報を、捜査当局が隠匿容易なシステムに留めようとしているように見えます。Aiを医療現場に置くことに対し、どうして一部の法医学者はこれほどまでに反発するのでしょうか。理由のひとつは簡単で、そうなると司法解剖がAiによって外部監査されてしまう可能性があるからです。情報を隠匿したがるのは人間の本性ですが、それを許すとシステムは必ず腐敗します。やはり、鎖国的メンタリティは問題ですよね。
 一方、司法解剖の現場の先生方は疲弊しています。地方の第一線で活躍されている法医学者とお話しすると、口を揃えて「Aiを放射線科医に診断してもらえれば大変助かる」という、私の主張に全面賛同して下さる先生ばかりでした。具体的に言えば、私が講演会に招かれたことのある栃木、群馬、広島、佐賀、神奈川の法医の先生たちです。でもこれが法医学会上層部になればなるほど、Aiアレルギーになる先生が増える。特に東大系の先生方はそうした傾向が強いようです(笑)。そうなると、現場で格闘されている法医の先生たちを見殺しにしかねないというのに、上層部というのは本当に困った存在ですね。
 一方で放射線科医からは、「診断は業務が膨大で大変なので、せめて診断料をつけてほしい」というしごく当然の要望を承っています。なので現場で格闘されている法医と放射線科の先生方の要望を達成すべく、私は東奔西走しているわけです。ところが法医学会上層部と同様、放射線学会の上層部にも事勿れ主義の大物が潜んでいて、「放射線科は司法関係のAi診断には手を出すべきではない」と頑迷に主張されている先生もいらっしゃるとかいないとか。これは放射線専門医会のAiワーキンググループの先生たちが出した結論と正反対ですので、風聞だと信じたいです。もしそんな先生が放射線学会上層部にいたら、それは前回ブログに書いたような臨床の先生を見殺しの容認につながり、医療界全体からみたら、自分だけ安全地帯にいればいいという、臆病風に吹かれた裏切り行為でしょう。
 義ヲ見テセザルハ勇ナキナリ
。 これはあくまで風聞ですので、念のため。社会がここまでAiを理解したというこの状況下で、法医領域で発生したAi画像の診断に関わるべきではない、などという自分の利益の安全拡張にしか関心がなく、社会貢献が視野にはいらないような放射線科医は、まさかこの日本にはいませんよね? もしいたとしたら、そんなお偉い放射線科医を支えているのがどういうロジックか、是非とも直接伺ってみたい。その際は日経メディカルさんにでも舞台設定していただき、直接拝聴させていただきたいものです。
 でも私は、現場や若手の先生には希望を持っています。五年後「Aiセンターは医療現場の最終点に置き、医療従事者が行い、その費用は医療費外から医療現場に支払われる」という仕組みが全国に出来ていることでしょう。なぜって、それが市民の願いを叶えるための唯一解だからです。そして医療従事者は、市民の願いを叶えるために邁進している人たちがほとんどだからです。
 義を見て動いてくれる人も少なくない。世の中、そんなに捨てたものではありません。
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