海堂尊 - 第四回『このミステリーがすごい!』大賞(『このミス』大賞)大賞受賞作『チーム・バチスタの栄光』の著者

『海堂ニュース』最新ネタ満載!

2009.11.30 2009:11:30:15:18:30

空疎だった「医療安全推進週間シンポジウム(厚生労働省主催)」

 果たすべき命題を「すべての国民が、死因をきちんと伝えてもらえる仕組みをつくる」という問いかけにしてみると、やはり日本の死因究明制度の基盤を解剖に置き続けることは、どうしても無理があります。なぜなら多くの遺族は「死因は知りたい」とは思いますが、「解剖で遺体を傷つけてほしくない」という願いも持っているから。だから「Ai優先主義」で、まずその場で実際に画像を見せながら、死因をきちんと説明してもらう。これこそが「死因をきちんと伝えてもらう」という仕組みを社会全体に広げるための唯一解になるでしょう。
 つまり「体表検案、次にAi を行い、そこで死因がわからなかったり、納得できなければ解剖を薦める」というAi原則を確立すれば、まったく問題がなくなるのです。 そう考えると私には、医療事故被害者遺族会の方たちがなぜ、Ai導入を積極的に支持してくれないのか、不思議でならないのです。このシンポジウムでも、死因究明問題についてはまったく議論されませんでした。
 したがってこの「医療安全推進週間シンポジウム」の評価は、「限りなく空疎」であった、とせざるをえません。なぜなら「真実をどう伝えるか」という議論ばかりが先行し、「最大の真実を得るための行為である死因究明制度がどうなっているか」ということをひとことも論じていなかったからです。
 それは、立派な家の設計図を議論しているようなもの。だけどその家を建てようとしている土地は、汚染されていて、地盤も緩いというのに、誰もそのことは議論せず、家の間取りばかりを議論している。
 ね、ばかばかしいでしょう? 結局、どんな立派な家を造っても、真実を知られたらその家は絶対に売れません。だから販売員は、真実を隠して売り抜けようとするわけです。この「医療安全推進週間シンポジウム」には、そういう危うさが感じられて仕方がありませんでした。
 死因究明制度がきちんとしていなければ、その後の紛争解決は混乱を極めるでしょう。なぜなら、一番大切な「証拠」がない裁判になるからです。殺人事件だって、遺体を調べなければ立件できない。証拠なき裁判は、冤罪事件を生み泥沼の感情対決をあおります。そして誰も幸せにはしません。
 当たり前の前提が、実は解剖率2%台のていたらくの解剖制度を土台にしているというお寒い実状であるということにはあえて目をつむり、その後の紛争解決問題ばかりを話し合うという構図は、いたずらに医療現場と患者サイドの対立をあおり、結局利を得るのは、医療紛争問題で利益が発生する弁護士集団、という事態にもなりかねません。
 以前、弁護士を増やそう、という国家政策がありました。これは見方を変えれば、国民間の紛争を増やそうという方針です。司法紛争を最近経験しましたが、何というか、つくづく不毛な世界です。こういうことをベースにした社会は、おそらく不幸な社会になります。だからせめて医療現場はできるだけ、司法紛争から距離を置いた方が医療現場の人間も、また医療によって利益を得る市民にとっても幸せなことです。
 まず市民のみなさんは医療現場に「愛」を持って接し、医療従事者はそれに答えて「Ai」を現場に導入してみませんか。そうすれば医療と市民の関係は、おそらく劇的に変わります。それが結局、医療安全問題も大いなる解決に向かう最速の道だということを、私は確信しているのです。
 まず、Aiセンターを現場に導入する。そしてそこに医療安全調査室を併設する。これが、医療現場から自律的に構築可能な、患者主体の医療安全調査室の骨格になるでしょう。
 こうした仕組みは、解剖を主体にしては不可能なのです。だから、モデル事業が解剖を主体とする限り、大変残念ですが、日本社会全体に広がるシステムの「モデル」とは成り得ないのです。

 しかしそれにしても、上記シンポジウムの出演者のうち、過半数の五名がAi については、深く理解しているはずなのに、その存在と可能性についてひとことも触れない、というのは何とも残念ですね。これではまた、自分たちの関心事だけが大切だ、という狭い視野の主張ばかりになり、それは多くの市民から関心を持たれないという結果になってしまうのです。
 実は「Aiセンターの設置」とは、医療と遺族が対立せずに問題を解決するための、ほぼ唯一解なんですけど。
 蛇足ですがこのシンポジウム、厚生労働省主催とありましたが、厚生労働大臣の長妻大臣はシンポジウムの内容をご存じなのでしょうか? 自民党が提案した大綱案を、まるで国民全体の意思であるかのような形で呈示することを、無批判に容認されるとは思えないんですけど(笑)。 

以上

2009.11.29  海堂尊
続きを読む 1234