海堂尊 - 第四回『このミステリーがすごい!』大賞(『このミス』大賞)大賞受賞作『チーム・バチスタの栄光』の著者

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2009.09.18 2009:09:18:17:47:53

この報告症例は、「Aiは解剖と同等に有用」だったのでは?

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東京大学 症例2 【モデル事業調査解剖症例】死産(41週2日)
【死後画像による評価の要点】
死後CT像からは、死因を示唆する所見は得られなかった。脳は全体に腫脹し、皮髄境界が不明化している。生前の虚血性変化を見ているのか、死後変化を見ているのか鑑別が困難と考えられる (図1)。肺には含気はなく、未呼吸の状態と考えられた(図2)。
図1 死後CT画像。脳の皮質と髄質のコントラストが不良である。脳全体に腫大が見られ、脳溝は不明瞭化している。 図2 死後CT像。肺には含気はない。

【解剖学的診断の要点】
1.未呼吸(左右肺浮遊試験陰性) 2.脳軟化高度 3.諸臓器貧血調 4.奇型なし

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 この研究の目的は「死後画像と解剖所見の比較検討」によって、死後画像の意義を評価するというものです。「死後画像の評価の要点の所見」の記載は、なぜか曖昧な表現になっていますが、このAi所見を簡潔に書けば、
1)脳浮腫 2)含気なし肺(未呼吸) という所見が見られる、ということです。
 さて、それでは解剖所見を見てみましょう。
1.未呼吸(左右肺浮遊試験陰性) 2.脳軟化高度

 まるっきり同じですね。この結果からは、Aiは解剖所見と同等の所見が得られたと判断するのが当然でしょう。ところがこの結果が、Ai研究実績ゼロで、画像診断の非専門家である主任研究者のリードによると次のような評価になります。
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【死後画像(Ai)-剖検(autopsy)対比による死後画像(PMI)の5段階評価の結果】
1.死後画像(Ai)は病理解剖とほぼ同等:5%
2.死後画像(Ai)のみでほぼ可能:5%
3.死後画像(Ai)のみで、死因についてはほぼ指摘できる。5%
4.死後画像(Ai)のみでは死因についてはその可能性を指摘するにとどまる。19%
5.死後画像(Ai)のみでは困難。 :66%
(註:評価原文はちょっと長いので、要約しました。また本文はAiではなくPMIという用語が使われています)

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 なぜか評価は多数決(笑)。これではいい加減に評価した人とそうでない人の玉石混淆で、学術的に評価できません。この症例では「解剖所見=Ai所見」だったのですから、評価は「1.死後画像(Ai)は病理解剖とほぼ同等である」になるのが当然です。なのに多数決で決めた報告書では、評価は「5.死後画像(Ai)のみでは困難」と結論づけられているように見えます。

 代表的コメントも笑えます。
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【死後画像-剖検対比についての本症例の代表的コメント】 病理解剖でも、死後画像でも評価困難な症例であった。胎児死亡、新生児死亡に役立てばと思うが、なかなか難しそうである。少なくとも、大きな奇形については画像で評価はできる。
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「病理解剖でもAiでも評価困難な症例だった」のであれば、そして、解剖で得られた所見がAiで得られているのであれば、Aiの評価はどう見ても「1.死後画像(Ai)は病理解剖と同等である」でしかありない。しかも上記報告では解剖診断のところにしか「奇型なし」は記載されていません。画像所見でも「奇形なし」がわかると、はっきり書いてあるのに。こうなると、画像診断のレベルが意図的に落とされているようにしか思えません。
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【提示者による症例の総括】 本症例のような周産期胎児死亡あるいは母胎の死亡例は、死因の究明が最も望まれるものの一つであり、医療行為に関連した死因調査でも一定の頻度で対象となる。そして病理解剖学的に死因評価が困難なことが少なくない。死因究明のためには、生前画像、死後画像などの画像検査、解剖による検索、そして各種検査データを含めた臨床経過の検討、など各分野の専門家による総合的な評価が必要である。
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 この症例では、解剖をしなくても「含気なし肺(未呼吸)」という死因に関与する所見がわかったわけです。「含気なし肺(未呼吸)」になった原因はわからなくても、この所見ならば医療事故ではないとご遺族に説明でき、納得してもらえます。新生児の場合、「未呼吸」は臨床医学的に立派な死因です。つまりこの症例は「診療行為関連死」に関し遺族に対する説明材料を得る、という観点からすれば、Aiの可能性を示す素晴らしい症例だったのです。
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総括:分娩誘発中、突然胎児心拍が重度の徐脈になり、緊急帝王切開を施行したが、出生時胎児は心肺停止の状態で、そのまま死亡。解剖によって、未呼吸の状態であることと羊水吸引による窒息が死因であることが確認された。ただし、解剖によっても、死後画像によっても羊水吸引を引き起こした低酸素血症の原因は不明であった。また、胎盤、臍帯の検索も行ったが原因は不明。
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 報告書には「解剖によって、未呼吸の状態であることと羊水吸引による窒息が死因であることが確認された」とありますが、画像診断の専門家が読影すれば、Aiでも確認できます。もっと言えば、ふだん臨床現場で画像読影している臨床医ならば、簡単に読影できる所見です。これは本研究の主任研究員が臨床経験が乏しいため(これは名誉毀損ではありません。基礎系の病理の先生が臨床経験が乏しいのは当たり前ですから)、臨床現場で必要とされる画像診断の価値の評価ができなかった、という証拠でしょう。
 このようにして、この研究班では「Aiは解剖前の情報としては有用だが、解剖に代わるものではない」とする、医学的に不当な結論を出し、それを広く発信しようとしています。
 この症例における科学的真実を正確に記載すると、次のようになります。
1)臨床的な死因に関しては、解剖でわかる所見はAiだけでもじゅうぶんわかった。
2)死因である未呼吸の原因は、Aiではわからなかったが、それは解剖でもわからなかった。
 これでどうして、診療関連死に関する検索で「Aiは解剖前の情報としては有用だが、解剖に代わるものではない」という結論になるのでしょう。正しい結論は「本症例では、Aiは解剖の代替検査として十分機能した」というものでしょう。
 私なら本症例に対し、「本症例では、Aiは解剖の代替検査として十分機能した」という報告書を書きます。これでは、この研究班の結論とは正反対です。さて、どちらの判断が正しいのでしょう。みなさんはいかがお考えですか。
 ひとつ言えることは、もしもこの公募研究でAiが正当に評価されないという結果が誘導された場合、Aiをいち早く社会導入することで市民が受けただろう利益が受けられなくなるわけですから、結果的に、市民社会に対する背信行為になる可能性もありますよね。
 まあ、それはいずれ、歴史となった時に振り返れば明らかになるでしょう。
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