海堂尊 - 第四回『このミステリーがすごい!』大賞(『このミス』大賞)大賞受賞作『チーム・バチスタの栄光』の著者

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2011.03.29 2011:03:29:15:22:34

なぜこの大災害時にAiは使用されないか

 当然ながら解剖はされていません。法医学者ひとりが四日で死者126名の検死を行っていますが、体表視認のみですから数としては多くありません。死因は体表検視だけで確定されていますが、上記程度の判断ならば臨床医、救急医でも可能です。つまり大規模災害時の検死は法医学者は必須ではないのです。むしろ外傷を見慣れている救急医の方が適切かもしれません。さらに人物同定のための情報は歯列確認が必須で、歯科医の出番です。

 

CTは一体あたり撮影時間が1分かかりませんから、台の上げ下ろしを考えても一体あたり十分もあれば終わる。すると1200分、正味20時間でこれらの遺体のCT撮影が可能になる。そして個体情報では体表検視よりもはるかに正確な情報が残せます。場合によったらそのCTが遺族にとって遺影代わりにもなるかもしれません。

 

それだけではありません。たとえばペースメーカーの挿入など、体表からはわからないけれど人物同定には重要な情報がAiによって簡単にわかります。

 

現場に入ったある法医学者の先生からは、震災火災の焼死体で、触れば崩れてしまいそうな遺体があり、警察に「このご遺体は炭化していてこれ以上腐敗しないので後日CTを撮像したらどうか」と進言したものの、警察の回答は「不可能」だとのことでした。

 

つまり、警察庁が言うところの「現場からのAiの要請はないので動けない」というのは、そういう要請を現場の警察がきちんと伝えていない情報伝達系に問題があるわけです。現場の先生によれば、このような現場でも一割にはAiを実施できそうだ、ということでした。

 

そう言えば、千葉大法医学教室にいち早くCTを導入した岩瀬教授はメディアで喧伝しておりましたが、Aiについてどのように記者に話したのでしょうね。そうした話を聞いた方はその記事を書く前に是非、拙著『ゴーゴーAi』を一読願います。それが中立的に情報を扱うジャーナリストに必要とされるセンスなのですから。

 

この震災では放射線科医の出動は、東電の原子炉の件での放射線サーベイくらいのようです。でも、もしもAiをふだんから法医学者がきちんと放射線科医に委託していれば、おそらく検視部隊に法医学者、歯科医に加えて放射線科医と放射線技師が参加したことでしょう。現に、出動要請があれば対応する、と準備していた放射線科医と放射線技師は複数名いました。

 

つまり今回の震災でAiの出番がなかったのは「現場からの要請がなかった」からではなく、「現場の警察関係者が現場の要請を伝達しなかった」からに他なりません。

 

 

 

この状況が一段落すると、一部の法医学者、主に学会上層部の方たちですが、そうした方々がAiは役に立たないと声を上げると予想されます。ですが市民のみなさんに理解していただきたい。大災害時、解剖はもっと役に立たなかったのです。そして大災害時の体表検視では、法医学者の特殊技能はほとんど無用です。

 

つまり医療を中心とした死因究明制度を確立する必要があり、大災害の後の法医学者増員のシュプレヒコールの無意味さは、今から理解しておく必要があります。なぜ私が今、このタイミングでこう言うかというと、法医学者の増員には賛成ですが、その際、彼らは必ずAi役立たず論を併用することをこれまでの歴史で学んでいるからです。

 

時津風部屋事件しかり。連続婚活殺人事件しかり。現在の司法解剖中心のシステムが見落とした犯罪死の責任を、さもAi検索が非力であるかのような論調を展開する法医学者が存在し、彼らはなぜか大メディアと仲良しです。なのでそうした誘導に惑わされないように、メディア・リテラシーの一貫として、事前に注意喚起をしておくため、この一文を書いたわけです。

 

 

 

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