海堂尊 - 第四回『このミステリーがすごい!』大賞(『このミス』大賞)大賞受賞作『チーム・バチスタの栄光』の著者

『海堂ニュース』最新ネタ満載!

2010.11.10 2010:11:10:10:21:54

転戦、また転戦

 そういえば大阪地検の証拠捏造事件は滅茶苦茶な展開になっています。逮捕された検事が、取り調べの可視化を求め、最高検が却下した。昨日まで取り調べに当たっていた検事が、逮捕されると可視化を求める。それは取り調べで不当なことが行われているということを何よりも雄弁に物語っている、つまり取り調べは信用できないと社会全体にあからさまにしてしまったわけです。この可視化を現役検事が要求したというこの一事を以て、真の検察崩壊が明らかになりました。検事だからこそ、真の問題点を認識し、対応できたわけで、検察を無条件に信頼しているイノセントな市民などがこんな目に突然遭わされたら、なす術もないでしょう。こうなると、これはもはや検察全体の構造的な欠陥であり、由々しき事態といえましょう。社会正義と秩序が完全崩壊してしまったわけですから。

このニュースを報じた同じ新聞の一面に、ノーベル平和賞に中国の反体制詩人、投獄中の劉暁波氏が決まったというニュースが掲載されていました。国家批判は投獄なんて、日本はそんな風になってほしくないなあと思います(中国だったら私もヤバいかも・笑)。たとえば体制に属する人が過剰な名誉毀損裁判を振り回せば、行き着く先は言論統制社会に結びつく。小さな一歩を座視すると、ある日、市民は窒息してしまう。結局、権力による支配にあらがえない市民を強要されることになる。私はイヤですね、そんな社会。組織に個人が殺されてしまうことわけですから。

捜査の可視化、という点では、死因究明の可視化、ともいえるのが、Aiであるということは繰り返し述べてきましたが、先日、ある法医学者と徹底的に話す機会がありました。包み隠さず本音を話してくれましたが、一番驚いたのが「法医学会では公の場で体制批判すると除名」というものでした。なるほど、これでは法医学会では自由闊達な議論が行われないわけだわ、と思い、その一事を以てして、だから法医学会という組織が市民社会から受容されにくく、市民に声が届かないのだなあ、と思いました。体制批判ができなければ現状維持しかありえない。新たな情報開示システムの提案もできず、ただ自分たちの領域が崩壊しそうだからカネをくれの一点張りでは、市民社会の理解は得られません。Aiに関しては「Aiが法医学分野から引き剥がされたら法医が干上がってしまう」とのこと。理解できません。法医ではこれまで画像診断は費用拠出されていないから。Aiは費用的に新しい診断分野なので、放射線科医が実施しても、法医学会は干上がらない。でもそういう発言があったということは、Aiが利権となっていて法医学会が食指を伸ばしていることの傍証でしょう。こうしている間に、本来放射線科医や医療現場に支払われるべき費用が法医学会部門に流れてしまう。放射線学会上層部が「法医関係の画像診断はしたくない」というのは法医にとって願ったり叶ったり、間抜けな主張です。それは現場対応しない学会上層部にとって痛くも痒くもない判断ですが、デメリットは現場最前線の放射線科医がタダ働き、もしくは不当な低料金で働かされ、医療現場の地盤低下につながります。学会上層部の不見識が、現場の医療を殺しませんように、と今は切に願うばかりです。頼みますよ、杉村新理事長。

そんな中、日本救急医学会のシンポジウムに招かれました。「救急医療と死因究明」というど真ん中のシンポジウムで、映画『ジェネラル・ルージュの凱旋』の医療監修を引き受けて下さった堤晴彦先生からのご依頼で、八名のディスカッションの中に海堂尊を放り込むという、蛮勇に近い依頼(笑)。救急学会の先生の四人の各論の前に総論では四人。朝日新聞論説委員の出河雅彦氏、慶應大学法医学教室の藤田眞幸教授、弁護士の木之元直樹先生、そして私。

Aiと解剖と薬物検査がメイン。後日講演の抄録集を出すという話もあるが、どうなることやら。討論の場での興味深い二点。出河氏は「Aiをやると見過ごされていた事件体が見つかる可能性があり、解剖が増える可能性があるから、法医学者の充実を」と発言し、法医の藤田教授は「Aiが行われると解剖にいかずスルーされるのが怖い。Aiをやっても法医に相談を」という話。どちらももっともだが結論は正反対、だがどちらも法医の充実を主張し、医療のイの字も出てこない。法医学者はAiをやると解剖が減ると憂慮し、新聞論説委員は解剖が増えると予測する。これ自体すでに解剖主体にAiを論じると論理破綻する証拠でしょう。Aiを導入したシステムの方が現行システムよりマシだというのは誰もが納得します。Aiに解剖の干渉は不要で徹底するのは2点だけです。「Aiで死因がわからなければ解剖に回す」というルールと「解剖結果とAiを付き合わせ検討、評価する」という検証です。Aiと解剖は独立して実施できるので、無理に連動させると解剖制度のダメっぷりに引きずられAiまでダメになる。Aiの評価は解剖医にはできないのです。解剖医は多忙で画像診断は専門外だから。主体はAiセンターで行われるべきでしょう。画期的だったのは、傍聴した有賀大会会長がモデル事業の結果の是非について検討して、救急医学会として総括、対応すると発言したこと。対応はふたとおり考えられる。モデル事業の正当性を強弁し支持を続ければ厚労省と学会上層部に顔が立つが、現場の救急医は見殺しになります。モデル事業は失敗で撤退を勧告すれば厚労省と他学会上層部の不興は買うが、現場の救急医の苦境を救い市民から高く支持されます。これはどちらか一方しか選択できない。さて、如何。

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