海堂尊 - 第四回『このミステリーがすごい!』大賞(『このミス』大賞)大賞受賞作『チーム・バチスタの栄光』の著者

『海堂ニュース』最新ネタ満載!

2009.12.21 2009:12:21:15:16:44

司法解剖報道システムが医療を滅ぼす。

 さてここで、「Aiを医療現場の最終点で行い、医療従事者が診断し、その費用は医療外から医療現場に支払われる」というAiプリンシプルに従って医療現場がAi を行ったとしましょう。すると少なくともAiセンターに、この患者の死因が手術ミスによる腸管損傷であるという傍証が残ります。腹腔内に腸内容物がこぼれていることが描出されるからです。その情報があれば、解剖時にそこを注意して解剖するでしょう。そうすれば腹壁筋層に刺入跡があるかどうかに最大の注意を払った解剖が行われ、死因はただちに確定されるでしょう。
 残念ながら、東京都二十三区内の医療従事者はこうした部分には鈍感です。なぜなら彼らには東京都監察医務院という立派な組織があるからです。そして霞ヶ関が召集する有識者は、東京都監察医務院がバックにある死因究明制度の中で過ごしているから、死因不明社会の実相に永遠に気づかず、「監察医制度を充実させれば問題は解決する」などという浮き世離れした意見ばかりを繰り返すのです。そんなこと、できるはずないのに。ほら、日本にたった五カ所しかない名古屋市の監察医制度は事実上、崩壊してたじゃないですか。それに、先ほどの保土ヶ谷事件が起こったのは横浜市の監察医の話です。
 こんな監察医制度を、本当に今から全国に置くつもりなんでしょうか。
 話をAiセンターが設置されていたら、という仮定に戻します。そうすれば、腸管損傷が解剖時の手技によって引き起こされた検査ミスだった場合、それも確定されます。事前の画像診断を司法解剖とつきあわせれば事足りるわけです。報道では、司法解剖で見つかった腸管損傷が医療ミスによるものか、あるいは解剖手技のミスかどうかわかりません。しかし解剖医がミスではないと言い張れば、それが成立してしまう。保土ヶ谷事件も同じ構図です。医療従事者からみれば恐ろしい話です。でもAiセンターがあれば、そうした司法の暴走を医療側が自律的に食い止めることができる。また医療現場にも死亡時情報が正確に伝わることで、医療現場自らが状況の把握を行うことができる。それは一歩早い反省の開始、改革の議論につながる。市民社会と医療現場にとってはいいことずくめです。困るのは、今後Ai 診断によって、司法解剖を監査されることになる法医学者の人たちくらい。だからこそ、法医学会はAiという言葉を毛嫌いし、死亡時画像なる言葉を主張しています。
 法医学者は画像を撮っても診断しません。実に象徴的な姿勢です。
 Aiは「死亡時画像診断」。法医学者が主張する用語は「死亡時画像」。そこからすっぽり抜け落ちているのは、「診断」行為です。画像診断するのは、誰か? 放射線科医や臨床医に決まっています。それは解剖のスペシャリストである法医学者には無理なのです。何しろAi画像は読影が難しくて今後検討を重ねなければ読影は難しい部分があるという結論を、画像診断のスペシャリストである放射線科医が主張しているのですから。それなのに、画像診断の素人である法医学者や一部病理医は、画像診断は簡単であるかのように振る舞っています。だいたい、CTでは出血はわからない、などと公言している法医学者が、画像読影をできると思えるでしょうか。それが可能なのは、法医学での死後画像がまさしく「診断なき画像」だからなのです。診断しなければ専門外の法医学者だって大丈夫(笑)。法医学者のこうした姿勢こそ冤罪を産む温床なのでしょう。
 警察庁は新しい死因究明制度の構築を目指して専門家の会議を開くとのことですが、法医学者ばかり集めた場合、問題はまったく解決しません。彼ら法医学者の主張はいつでもどこでもでもただひとつ、「自分たちの法医学教室にもっとマネーと人材を」。これだけに集約されるのですから。
 これでは市民の支持は得られません。

 私は、いたずらに医療を守ろうとしているのではなく、是々非々で対応すべきだと申し上げているのです。だからこそ本件も、腸管損傷が手術によるものであればアウトだと初めに明瞭に申し上げている。これは医療従事者の多くも同意してくださることでしょう。
 にも関わらず、新聞報道を読む限り、品川美容外科を今は糾弾する気にはなれない。解剖されたにも関わらず、死因がきちんと報道されないからです。そうした社会システムを放置し続けている捜査制度が、現在の医療崩壊の一端を担っているのです。
 Aiセンターが設置される社会システムでは、少なくともこの事件についても、より早い段階で決着がつくことでしょう。Ai センターがなければ、医療は司法の思いつき捜査に翻弄され続けることになるでしょう。
 繰り返しますが、法医学者は捜査担当部門の人間であり、医療現場の人間ではありません。そして、その彼らはAiという言葉をアレルギー的に毛嫌いしている。なぜでしょう。良薬は口に苦し、だからです。
 法医学会が主張している死因究明医療センターは、医療にとって大変危険なシステムです。ところが中井国家公務委員長は、法医学者の言葉しか耳にしていないのか、Ai情報センターという画期的なシステムが構築されたというニュースが流れたまさにその日に、「異状死解剖率を五十パーセントに引き上げる」という、法医学会からの口移しのコメントを発表しています。異状死解剖率を上げても医療安全や社会安寧にはつながらないということは、品川美容整形病院事件の報道を見ても明らかだというのに、何と視野の狭いこと。
 ちなみにこうした冤罪発生メカニズムの一部と思われる短編ミステリー「四兆七千億分の一の憂鬱」を、年末恒例『このミステリーがすごい! 2010年版』に掲載しました。今年のミステリーナンバーワンもわかるし私の短編も読めてたったワンコインの五百円と超お買い得。法医学者のみなさん、ぜひご一読を(笑)。
 警察庁が、新しい死因究明制度の検討会に、法医学者以外の人材の意見に耳を傾けるかどうか。それは今後の警察庁の動向を注視していればわかります。医療従事者のみなさん、くれぐれもご用心を。 
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