海堂尊 - 第四回『このミステリーがすごい!』大賞(『このミス』大賞)大賞受賞作『チーム・バチスタの栄光』の著者

『海堂ニュース』最新ネタ満載!

2009.12.21 2009:12:21:15:16:44

司法解剖報道システムが医療を滅ぼす。

女性手術後死亡、品川美容外科を家宅捜索(共同)
 東京都荒川区の70代の女性が今月上旬、豊島区の品川美容外科池袋院で脂肪吸引手術を受けた2日後に自宅で死亡する事故があり、警視庁捜査1課は11日、業務上過失致死の疑いで港区や豊島区にある同外科の関係先3カ所を家宅捜索した。捜査1課によると、女性は今月2日、同外科池袋院で腹部の脂肪吸引手術を受けた。女性はいったん帰宅し、4日に自宅で死亡した。捜査1課は司法解剖したが、死因は特定できなかった。

 ○ この報道になるといっそう混迷が深まります。司法解剖されたのに死因は特定できなかったというのです。法医学者は何をやっているのでしょう。捜査が開始されているので、捜査本部の正式発表に基づいた記事と思われるのですが、この矛盾はどうなのでしょう。東京新聞では腸に傷があるという情報があるのに、共同通信配信のニュースでは司法解剖をしても死因は特定できないとある。つまり腸管損傷はあるが、手術が原因かどうかわからないというのが事実でしょうか。これは類推ですが、法医学者が断定しなかったと考えないと報道の整合性が取れません。つまり、法医学者の解剖診断が、これほどまでに社会に医療不信を招いたのです。

 手術は、腹部など脂肪を減らしたい部分に細い管を挿入して吸引する方法で行われ、美容整形では一般的とされる。捜査1課はカルテなどを押収し、手術の手順や術後管理などに問題がなかったか調べる。
 同外科広報は「捜索を受けたことは事実だが、詳しくは弁護士に聞いてほしい」としている。

 ○ 品川美容外科はお気の毒です。なぜなら、彼らには死亡した患者の死因や解剖結果が伝えられていないからです。死因がわからなければ、コメントのしようがないのは当たり前です。司法解剖をし、腸管に穴が開いていて、それが手術が原因だとわかれば、死因と確定できたはずです。その事実が医療側に伝えられれば、このようなコメントになりません。それをメディアは医療現場が無反省だ、と責める。それはお門違いです。きちんと死因がわからなければ、そしてそれが手術が原因だと確定しなければ、医院側が謝る理由はないのです。

 さてここでAi センターが医療現場に確立されていた場合を考えてみます。そもそもこの症例がどういう経過をたどったか、推測してみます。おそらく死亡時に搬送されたのは、品川美容外科以外の病院でしょう。その病院は、突然運び込まれた死因不明の患者が、二日前に脂肪吸引手術を受けているという情報から異状死と判断し、警察に連絡します。警察もそのエピソードから、手術ミスを疑い司法解剖に回したわけです。ところでここで、司法解剖を行った担当者が重要なポイントを見落としたとしても、誰も指摘できません。司法解剖は、病理解剖や通常の医療のように、多数の人が客観的・医学的に後で仔細に検討し、医学的真実を極めるというCPCや症例合同カンファレンスに相当する仕組みをもたないのです。だから未熟な法医学者が担当したり、たまたま体調が悪く不適切な司法解剖が行われても、ミスが表沙汰になることはありません。それでも、そのたったひとりの法医学者が行った医学検索が、捜査情報の大本になるのです。恐ろしいと思いませんか?
 「司法解剖に監査なく、そして監査なきシステムは必ず腐る」という批判に対し、おそらく法医学会の方たちは反論できないでしょう。
 これは邪推ではなく、実例があります。保土ヶ谷事件という事件では、詳細は省きますが、遺族は解剖されていないといい、横浜市監察医は解剖をしたということが争点になりました。証拠として提出された臓器がDNA鑑定で他人のものだとなってしまったのです。これで監察医が解剖をしたという客観的な証拠はなくなりました。にもかかわらず、司法は解剖されたという事実を認定したのです。
 証拠至上主義のはずの司法でさえ、自らのシステムを守るためには、時にこうした暴走をするのです。
 保土ヶ谷事件はたった一例だけの特異な例でしょうか。私にはそうは思えません。司法解剖の診断ミスという話を耳にしたことがないからです。もしそんなことがあったら、メディアで大問題として取り上げられるはずです。司法解剖鑑定は、ひとりの法医学者が行います。法医学者も人間ですから、一定の比率でミスがあるはずです。しかしそうした話は一切報道されない。司法解剖無謬主義でしょうが、それがいかに胡散臭い話かは、医療現場で毎日、未知の診断と格闘している医療従事者ならば納得してもらえるはずです。
 実は、司法解剖の診断ミスが公表されることはないのです。理由は、第三者に監査されないから。たとえ疑問があっても、司法解剖を担当した法医学者に、「だって僕の鑑定は正しいったら正しいんだってば」と頑張られてしまえば、誰もその過ちを指摘できないのです。

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