海堂尊 - 第四回『このミステリーがすごい!』大賞(『このミス』大賞)大賞受賞作『チーム・バチスタの栄光』の著者

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2007.05.22 2007:05:22:12:21:56

ああ、びっくりした。

 厚生労働省から打診された「勉強会」の企画は、その後、進展ありません。ひょっとして、厚生労働省お得意 の"ハシゴ外し"(註・都合のいいときだけ利用して、あとはポイする官僚行政の常套手段)が炸裂か、などと不安に怯える毎日です。でも、やはり、天下の 霞ヶ関のお役人を信じたいですね。
 ......などと思っていたら、出ました、恐怖の"ハシゴ外し"! と言っても、私ごときに対する約束を履行しない、などという生やさしいレベルのことではあ りません。厚生労働省は、白鳥が属している「医療関連死における中立的第三者機関」を発展的解消をはかるべく、「医療版事故調査委員会」なる組織の立ち上 げをはかりました。そして、やはりお得意の有識者による検討会を立ち上げたわけですが、何と! そこには、前身の「モデル事業」で粉骨砕身した、死亡時医 学検索の主たる検査「解剖」の実地を担う「法医学者」や「病理学者」の代表者が、ひとりも含まれていなかったのです! ああ、びっくりした。

 これが何を意味するか、おわかりですか? 死亡時医学検索は、医療現場の良識に任せて、厚生労働省は関知しない、というスタンスをとったことになるので す。こういうと聞こえはいいのですが、要するに、死亡時医学検索にはカネは出さない、と言っているわけです。そして、医療を経済効率優先で差配しようとい うのが、厚生労働省の骨太の方針なわけですから、死亡時医学検索は、厚生労働省としては軽視している、ということにほかなりません。

 ですが、この問題は、死亡時医学検索の確立なくしては、解決しません。なぜなら、医療過誤死は、それが起こった時にはそれと認知されないケースも多々あ るからです。死亡したあとで、遺族が納得せず訴える、というケースは決して特別なものではありません。そうすると、厚生労働省のロジックとしては、医療過 誤死に関しては、調査委員会に報告し、解剖などを行うという枠組みを考えていますが、事後に訴えられた場合は、現在の医療の枠組みで、死亡時医学検索が行 われることになります。そうなると、今は、(1)体表から観察する検死 で異常を認知すれば、(2)解剖 という流れになります。そう、死体の画像診断で あるエーアイは、現在の医療制度には正式には組み込まれていないのです。(何しろ、この関連法律は昭和二十三年に制定後、全く手を加えられていないのです から、しかたありませんね)
 それで、解剖は現在、剖検率3%、つまり百人中三人しか行われていないのが現実。そうなると、かなりの確率で、死亡時医学検索の医学情報量がゼロに等し い状態で、この事故調査委員会は調査をしなくてはならなくなる。証拠なしで捜査をしろ、というわけですから、依頼する側は気楽ですけど、頼まれる方はた まったものではありません。さて、そこで切り札になるのがエーアイ(死亡時画像)だ、ということは、医療素人の読者の方にも簡単に理解できることなのに、 どういうわけか、監督省庁の専門のお役人や関連学会の理事というお偉い先生方には理解できないようです。例えば、病理学会は理事会により、パブリックコメ ントを出しています(病理学会ホームページから誰でも閲覧できます)。病理学会の先生方は、厚生労働省にハシゴを外されてさぞや怒っているだろうと思った ら、厚生労働省の取り組みを評価する、とわざわざ太字で記載しています。お役人と仲良しの先生が起草したんでしょうかね?

 厚生労働省は、医者や医療現場を潰したいと考えているのでしょうか。そう言えば、研修医制度をいじって大学病院医局改革をしたら、地方医療が崩壊し、あ わてて今度は公立病院から地方へ医師派遣制度を作ろうなどと言ったりしています。それって大学病院がこれまで担ってきた役割だったはず。この事故調査委員 会の仕組みも、それと似た匂いが漂っています。厚生労働省の失政はダイレクトに病人という弱者に跳ね返るので、きちんと考えてほしいものです。

 厚生労働省は、お金と手間のかかる医療の基礎工事の手抜きをして、見栄えのいい建物を建てる方針を決定してしまいました。これは、先般社会をにぎわせた、構造設計書偽造と同じことがいずれ医療の世界で起こる、ということを意味しています。
 あれは一設計事務所の問題ではなく、それを認知できなかった監督省庁の問題でもあったはず。この医療版事故調査委員会は、厚生労働省の認識の甘さを露呈 させる話となりました。そして、みなさんにこのことは覚えておいてほしいのです。厚生労働省は、死亡時医学検索がプアな状況にあることを認識している。そ して、エーアイという検査のことも認知している。それでも手を打たなければ、将来問題が発生した時に、不作為の罪に問われるだろう、ということです。医療 事故調査委員会がうまく回らないとしたら、それは、厚生労働省が設計した構造設計書に間違いがあった、ということなのです。

(海堂 尊)