海堂尊 - 第四回『このミステリーがすごい!』大賞(『このミス』大賞)大賞受賞作『チーム・バチスタの栄光』の著者

『海堂ニュース』最新ネタ満載!

2014.09.19 2014:09:19:18:12:30

死亡診断書と死体検案書の区別は無用、または法医学者が信用できなくなった過去の理由と変わりつつある未来について。

 ではなぜ今、この過去のエピソードを引っ張り出してきたかと言えば、その法医学者は法医学会で重要な位置を占め、メディア露出も多く、教授という立場で無垢な医学生への影響も大だからです。そして法医学会はその法医学者の主導で長年、Aiを貶める対応をしてきました。だから個人への非難がそのまま法医学会全体への非難に当てはまってしまう。そんな人が学会上層部にいて、メディアで偉そうなことを言っているけれど裏に回ればこんな薄汚いことをやっているという警鐘が、市民や医学生に伝わればそれでいいのです。この文章が誰を指すか、私の文章を吟味すれば特定できるかもしれません。でもそんなことをするよりも、法医学会の今後の方針を見据えていた方が建設的です。法医学会が死因情報を開示するかどうか。この一点が改善できなければ法医学会は欺瞞の輩と見なして問題ないのですから。

 類は友を呼ぶ、という諺は真理のようです。その法医学者と共著を出版しているライターは、遺族サイドに立ったご立派な書籍を何冊も出していますし、その活動もかなり目立っていますが、そうした裏の顔を知って以降、信用できなくなりました。

 

 でも、そんな汚辱まみれの人物たちが蠢いている一方で、素晴らしい動きもみられるのが、この世界の広さというもので、救われる気持ちになります。

 8月27日、日本医師会は「小児死亡事例に対する死亡自画像診断モデル事業」の説明会を開催しました。ついに厚労省が小児死亡症例全例のAi実施に向けて第一歩を歩み出したのです。

「死因究明推進計画(平成26年6月13日閣議決定)を踏まえ、死亡時画像診断の有用性や有効に行なうための条件等を検証し、あわせて小児医療の向上に資することを目的として、医療機関で実施した全ての小児死亡例に対する死亡時画像診断の情報を日本医師会に委託して、モデル的に収集・分析する。また、その分析結果等を踏まえて、5年後を目途に、死亡時画像診断全体のあり方を含めた、検案する医師の参考となるマニュアルを作成する」

 いつも公文書を徹底批判する私ですがこの文言にはまったく文句なし。運営会議のメンバー選択も申し分なく、法医学会、病理学会、放射線学会、小児科学会、警察医学会、救急学会、Ai学会、診療放射線技師会、医師会と、死因究明に深く関わる医学界代表を網羅しています。

 モデル事業に登録したら小児死亡例に遭遇した際Aiを撮影しますが、撮影費は負担されません。Ai画像を医師会に委託すると、Ai診断の専門家が集う「Ai情報センター」で診断され、診断費を肩代わりしてもらえる。この仕組みの優れた点は、参加施設から見れば診断が難しいAiを、その筋の専門家が無料で診断してくれる点にあります。画像データは医師会が蓄積しますが、受付時に匿名化されているので個人情報は保護され、医療訴訟に転用される心配もありません。そして診断結果をどう扱うかは医療機関の裁量に任されます。

 警察の顔も立てています。事件性があると思われる症例は委託しなくてもいいし、してもいいという選択権がある。すると警察Aiもモデル事業に登録した方がいいことになる。トップレベルのAi読影医の集団に診断してもらうことは捜査にとって願ったり叶ったりなので、法医学教室が情報を出し渋っても、警察は小児死亡Aiモデル事業に参加することになるでしょう。もしも警察が、市民社会のためを思っている組織であれば、という前提ですけど。

 

 同じ厚労省のモデル事業なのに診療関連死と小児死亡Ai実施のモデル事業は、どうしてここまで違うのでしょうか。実は二つのモデル事業の間には、たった一つしか姿勢に違いはないように思います。それは異論に耳を傾け、議論を厭わないという点です。

 小児死亡例Aiモデル事業は医師会中心で、多くの関係者(警察や法医学者、病理医も含めた)のヒアリングを経て策定されました。私の愚見も聞いてもらっています。一方、診療関連死モデル事業は、問題を批判し続ける私の話を、一度も聞こうとすらしない。主導する解剖学者と臨床学会上層部は唯我独尊の体質で、解剖医などは物言わぬ死者の声が聞けるなどと、独善的でオカルトめいたことを広言してしまうメンタリティです。死者は物を言わないから解剖医が死者の声を本当に聞き取れたかどうかは、誰も検証できません。

 

 今回の医師会の説明会は質問会も兼ねていて、その意見を取り入れて9月中旬に正式発表されるため、質疑応答も活発でした。こうした議論の過程は、同意形成にはなによりも大切なことです。

 説明会で出た、検案についての話は衝撃的でした。警察医を引き受けさせられた開業医の先生は、夜中に呼び出されるわ、CTを撮らされるわ、読影させられるわ、検案書を書かされるわ、と一晩中仕事をして得られる報酬はたった3千円弱だというのです。

 日本の死因究明の第一歩、検視検案は法医学者の業務に思われがちですが、実は法医学者は25%しか対応しておらず4分の3は臨床医が行なっているのです。その費用問題について、身勝手な法医学者は決して口にしません。自分たちの費用拠出だけには夢中ですが、医療関係者の負担分には知らん顔をしているわけです。病理解剖の費用に言及しないのと同じ構図で、これでは「法医学者が栄えれば医療は滅ぶ」、あるいは「法医学者が栄えれば市民が苦しむ」となる。こんな指摘に耳を傾け、自分たちの主張を柔軟に変更し医療と協調する姿勢が必要ですが、法医学トップが「海堂氏の非難でAi導入が5年遅れた」などと責任転嫁発言を公にしているようでは、彼らに公益に適う視野を求めるのは難しそうです。

 

 どんなジャンルにもイヤなヤツ、悪いやつ、とんでもないヤツはいます。そんなヤツがいるからといって絶望したり、そのジャンルを断罪するのは間違いだというのが私のスタンスです。ただしそんな連中が上層部にいたら話は別で、集団全体が根腐れしている証拠ですからその時は情報を詳らかにして糾弾しないと、悪影響が集団全体に蔓延してしまう。現状では法医学会はかなりヤバい、と考えていました。でも東北大Aiセンターの存在や、法医学者でありながらAi学会理事として情報を発信し続けている先生など、少しずつ変化する兆しが感じられ、若い芽も育っているので希望は捨てずにいるのが吉、でしょう。

 

 8月22日、日本医師会の「第2回学生・日本医師会役員交流会」で講演しました。70名余の医学生が文字通り全国津々浦々から参集した圧巻の集会でした。男女比がほぼ一対一だったことにも驚きました。医師会や日本を変えていくのは女性の力なのかもしれません。医学生から鋭い質問が連発され、シンポジウムで発表したアグレッシヴな先生方や医師会理事もタジタジでした。それにしても、自分の学生時代を思い返すと隔世の感があり、医療の未来は明るいぞ、としみじみ思いました。

 懇親会で病理医になりたいという医学生がいて、考え直した方が、と言い掛けましたが、かろうじて自制しました。彼らが医師になる頃には病理学会の理事長も代わっているからです。病理は医療の土台となる、大切な部門です。でもそこで有志の若者が過ごすとなるとねえ......。

 私が病理学会にされたのは、それくらいひどいことだったと思いますが、そのことを滔々とまくしたてずに我慢したのは自分を褒めてあげたい、と思った出来事でした。やれやれ。

 

続きを読む 12345