これは決して言いがかりではありません。こうして現実に、ひとりの作家である私が、本屋大賞特集号を読んでひっそりと傷つけられているのですから。
あのコピーを本屋の店先で見かけるたびに、作家として書店員にバカにされているような気持ちになります。
書店員は、本屋大賞が大成功したせいで傲慢になった。そんな風に感じている作家は、私のほかにも大勢いるはずです。
そうしたことが、本屋大賞の内実と、書店員のツイッターから次第に明らかになりつつあります。
本屋大賞に対して、作家の取る姿勢は二通りにわかれます。
黙って我慢する作家。
尻尾を振って擦り寄っていく作家。
あ、三通りか。
ノミネートされてご満悦の作家。
もとい、四通りでした。
キャッチコピーが不愉快だと公言して書店員に白眼視されるアホな作家、というのもいましたっけ。
私のキャッチコピー批判は、受賞式の現場では話題にすらならなかったようです。
書店員たちが意識しなかったはずはないので、意図的に無視したか、あるいは箝口令が敷かれたかのどちらかでしょう。
その証拠にその後、書店員自身から本屋大賞批判に、本屋大賞積極参加メンバーからの反発が見られましたが、そこに「某作家の本屋大賞批判」なる文言が見られました。
私の名前を怪童などと、わざとらしく誤記で書き、検索にも引っ掛からないように密やかに反発している人もいました。
く、暗い......。
こちらは自分の名をさらして堂々と批判したのに、何とも陰険です。
おそらくそれが本屋大賞を支える、もうひとつのメンタリティなのでしょう。
そんな本屋大賞関係者の態度を裏付ける、面白いツイートも発見しました。
・そろそろ来年の本屋大賞の予想にでもうつつを......おっといかんいかん、これはタブーのヤツだった。長すぎて第二弾は誰も読んでいないヤツだった。
く、暗い......。
どうやら本屋大賞に賛同する書店員には、前回のブログは長すぎたようです。
でも、本屋大賞ノミネートの小説は三十倍、大賞はたぶん二百倍は長いんですけど。
本当に読んで投票したのでしょうか。ひょっとしたら本屋大賞の一次投票は、作品を読まずに投票している人もいるのではないでしょうか。
読まずに投票しよう、本屋大賞。
実はそれも可能なシステムだということもわかってしまいました。
しかしあの程度で"タブー"とはねえ。
何ともお粗末な話です。
本屋大賞に参加した書店員は、作家が書いた本をランク付けするという、身の程をわきまえない行為をしているくせに、自分たちへの批判にはとっても敏感でひ弱なんですね。
しかも真っ当で反論できない批判は"誰も読んでいないヤツ"など、となかったことにしてしまう。こういうメンタリティの人たちが本屋大賞を支えているわけです。
いずれにしても私の批判に対する書店員の回答は「完全無視」でした。
前回も申し上げましたが、これは本屋大賞にとって「最悪の選択」になるでしょう。
正面切ってやった批判に対しクローズド・マインドで対応したわけで、明るいオープン・マインドの企画というのは見せかけだと判明してしまったからです。
「これだけ注目されているんだから、私たちがやってることはやっぱ正しいんだよ、あんな偏屈な作家の言葉なんて無視しようよ」というメッセージのようです。