海堂:「データが集積しAi研究が発展しないと困難」という発言は、Ai実施の経験がない方がよくします。放射線科医でもAiの経験がない学会上層部の一部の方に、同様の発言をする方がいます。現実はすでにAiは日本全国で相当数行われていて、データは山のようにある。おそらく司法解剖の件数よりAi実施件数の方が、今でははるかに多いと推測されます。もう現実は、解剖なしのAiが蔓延しているのです。現実にAiを診断している先生方は、画像診断の限界を踏まえた上で、ここまで読影できるという所見を教えてくれます。Ai読影経験のない放射線科医はAi読影に関してアマチュアですので、プロの意見を聞いてから判断してみてください。
海堂:以前、メールで伺ったふたつの質問
1 法医が情報を開示しないために問題が起こっている点についてはどう考えるか。
2 Aiの読影は専門家である放射線科医に任せるべきだと思うが、どうお考えか。
についてですが、結局「法医は死因情報を出すチャンネルはないし、今後も対応する可能性はない」、という結論と「Aiの診断は放射線科医に任せるが、任せっぱなしにはしない」という結論でいいですね。
藤田:確かにまとめるとそうなりますが、実際死因の説明を遺族にしている大学もありますし、行政解剖を担当し、司法解剖を扱わない監察医務院でもしています。私の場合も必要ある場合は警察官立会いのもと、捜査に影響を与えない範囲でする場合もあります。遺族の心情は考慮しても、結局犯人に屁理屈で逃げられては遺族をさらに傷つけます。また公正性は当然担保されなければなりませんが、裁判での検証で十分だと思っています。対応はしたいが、捜査に影響を与えるものはやむを得ない。Aiの件、放射線医学的な診断は放射線科に任せるが、総合的な判断には法医学的視点が必要であるということです。
海堂:事件性のある死因公開に原則があると思えません。犯人も捕まらず残虐な殺され方をした被害者の死因がメディアに載りますが、あれは捜査に影響はないのでしょうか。犯人が捕まっていないのに殺害方法をメディアに流すならば、死因を公表しない理由は崩壊しています。強く望む遺族にも伝えないのは、納得がいかない話です。また、公正性の担保は裁判で充分といいますが、裁判にならない症例の公正性は、どう担保するのでしょう。問題は大学によって情報公開の対応に違いがあることです。「死因情報は原則公開」としても何ら問題があるとは思えないのですが、それに対して、現状維持、状況不変、ということでは市民の要望に対応していません。Aiを医療現場に任せれば、市民の願いを叶えることができます。
最後に法医学会のAiアレルギーについてもひとことありました。
藤田:「法医学会はAi反対」でしたが、学会の意見をききますと、私の意見とほとんど同じという気がしました。私の主張は「Ai は普及されるべきであるが、限界をよく理解して用いる必要がある」であり、先生と「Ai は普及されるべきである」という点では一致しています。ここから先は想像ですが、学会の「Aiの限界を理解しない使用は反対だ」と言う表現が、いつしか法医学会が「使用は反対だ」という話になったのではないかと思います。これはもうしかたがないなあという対象は、「何でも死体をみればわかる」「死体以外みてはいけない」といまだに主張する、ごく一部の古典的な権威のお話です。もうひとつは法医学の分野では、捜査体制にかかわる問題を公の場で議論にしにくい/するべきでない問題があります。学会の方針に足並みをそろえざるを得ない部分は、法医学の特性によるところが大きいのです。
海堂;法医学会の考えが、「Ai は普及されるべきだが、限界を理解して用いる必要がある」であるなら、私の意見「Aiで死因がわかり、遺族と社会が納得すればそこで終了、わからなければ解剖を勧める」というAiプリンシプルとまったく同じです。ならば法医学会も、「Ai導入には大賛成。なので放射線科医に第一読影をお願いしたい」と公表すればいいと思いませんか?
藤田先生は友好的ですが、法医学会全体の態度は法医学会の「検視・検案における画像検査利用に関する法医学からの提言」を読めば明らかです。これを以て法医学会はAiの社会的積極導入にベーシックに反対の感情を持っている、と推測しているのです。
もう一度、私の主張を繰り返します。「Aiは医療に診断を任せ、死因情報は遺族と市民社会に原則公開」。法医学会の勇気ある決断を、期待します。藤田先生なら可能かも。
最後に不利な環境下でも、堂々と持論を展開され、公開に同意下さった藤田先生に敬意を表します。